近江温泉病院の歴史

当院の歴史

当地における温泉掘削の経緯は、大阪の企業が工場建設のために井戸を掘削したところ温泉の泉脈にあたったことに由来する。
その後、昭和44年(1969年)に周辺の湖東三山 を訪れる観光客や地元住民向けの温泉旅館の建設をめざし本格的に掘削が開始、翌年の大阪万博の開催に合わせて近江温泉湖東ホテルを併設する形で営業がはじめられた。地下750mの泉脈からの天然湧出温泉は当時、四国の道後温泉に匹敵する泉質と称賛されたという。
それから10年後、当初の近江温泉病院が、昭和55年(1980年)4月大阪府堺市の医療法人により開設。温泉治療を目的に水治療法室を備えたリハビリ病院として診療を行っていた。しかしながら、医療改革の中、平成5年(1993年)に閉院。

再開を願う地元住民の声

その後、再開を願う地元住民の思いをうけて、同年7月に現在の母体となる、近江温泉病院が、当時の院長で ある小山恒夫の個人病院として経営を引き継ぎ、平成10年(1998年)4月1日、現在の医療法人恒仁会 近江温泉病院の開設に至っている。
現在は、温泉をリハビリの水治療法とし て活用していないが、一部入院患者並びに、通所リハビリの入浴施設として活用している事、並びに歴史的経緯から、「近江温泉」の名称を継続し、様々な医療・介護そして、地域のニーズに応えサービスの充実を図り、現在に至っている。
なお、近江温泉湖東ホテルは、平成5年(1993年)の病院閉院とともに廃業。
その後、度々の経営継承を経て、平成18年(2006年)4月20日に旅館業廃業、平成21年(2009 年)7月に公衆浴場業廃業により完全廃業となっている。